螺旋工房の少年店主が試行錯誤して開発してくれるまで、閃光はその特殊な弾丸を持ってはいなかった。射出される際の爆発的な勢いに耐えられず、必ず前後左右いずれかに三ミリずれる軌道を予測して撃たねばならない、その感覚を――読みの勘を甦らせねばならないだけだ。
     どのみち遅かれ早かれ、ここまでの事態になった以上フェイとは縁を切らねばならない、と思っていた。彼の技術に頼り続けることは、少年を危険に晒し、的にされる可能性を首からぶら下げ続けることと同義だ。
     あちこちに得意先を持ち、彼の腕を必要とする困った人間も多くその扉を叩く今、閃光に手を貸し、万が一失わせてはならない立場にある。こちら側に付き合わせる必要はない。今回出先でこうして弾丸が尽き、無傷の愛車が隠れ家に眠ったままでいると言う状況が出来上がっているのは、そろそろその手を離せ、と言う何者かの思し召しなのだろう。今まで散々利用したくせに、と罵倒される覚悟は決めた。
     懐から煙草を取り出し、一本をくわえて火をつける。ふわりと立ち上った紫煙が洞窟内を白く霞ませ、マナで蒼く輝いていた壁面をくすませた。
    「わざわざ出迎えご苦労だな、ウォルフ……暇なのか? それとも俺のファンかよ」
    「そうだね、否定はしないよ。出来れば首輪でも着けて家で飼いたいくらいさ。さあ、盗んだ香炉を渡してくれないか。いくら君でも、両手足の指より多いマシンガン相手じゃ、蜂の巣になるんじゃないかい?」
    「まあそう焦るなよ。どうせお前だって、こいつが本当はどんな〈魔法術〉を持ってるのか、知りたいだろう? テメーで咥え込んで毒かどうか計るより、もっと安全に教えてやるよ。ロキ」
     銃を手にすることもなく相方へそう声をかける閃光に、ウォルフは胡乱げにしながらも逸ってマシンガンを構えようとする部下たちを片手を挙げて制した。自身のもう片方の手は愛刀にかかったままだ。
     術式を展開して香となる植物を焚きしめてみなければ、きちんと欠けた部分が埋まるかどうかは確認出来ない。リスクは高かったが、ロキはサングラス越しの主人の双眸に再度促され、小さく頷いて香炉を受け取った。
     いつもと同じ手順を踏んで、〈魔晶石〉の核へとアクセスする。
    「〈魔術式〉展開――ロジック・オープン。ダウンロードにより可視化します」
     ロキの手の上でふわりと香炉が浮き上がり、くるくるとゆっくり回転しながら蒼く光る己の構成式を吐き出して行く。
     初めて目にしたのであろうその光景に、〈神の見えざる左手〉の間にざわめきが広がった。さすがに二度目となるウォルフとアレンは表情を変えることもなく様子を見守っていたが、やがて全てが吐き出されると、だから何だと言いたげに凍えた眼差しを閃光に向けた。
    「わざわざこんな山奥まで来たんだ……これで終わりってことはないだろう?」
    「ああ、こいつは完全なものじゃない。この〈魔晶石〉で満ちた洞窟内のいずれかの植物を香として焚いて、初めて術式が完成する。多分この星みてえな形をした葉の奴だな。外には生えてなかった」
     言いながら閃光はその一つを手に取ってちぎり、ジッポーを鳴らして火をつけた。雨水が染み出して伝う岩盤は濡れており、上手く燃えないのではないかと思えたが、葉はちりちりと炎に飲まれてゆっくりと煙を吐き出した。
     甘さの中にもすっと爽やかな清涼感のある何とも言えないいい香りが洞窟内に広がる。
     そうする間に、宙空を漂ったままでいた〈魔術式〉の不自然に途切れた部分へ、まるで炙り出しのようにじわりと欠けていた式が浮かび上がって来た。
     それをじっと見つめて確かめていた閃光は、
    「だがこいつの効能は、お前には必要ない超回復だ。ご足労願って悪いが、少なくとも俺たちが目の色変えて奪り合うほどのものじゃねえよ」
    「……君の言葉を信用しろって? 嘘を言っていない保証がどこにあるんだい?」
    「だとしても、そいつはお前が死なねえようにって言う親切心から来る嘘だよ。お前のことは嫌いだし、お前のやり方も間違ってると思うが、この世界で唯一の同胞に、無様な最期を迎えて欲しくねえって情くらいは残ってる」
     交錯する真紅と紫暗の双眸。
     そこには互いにしか解らない何か特別な感情でもあるのか、まるで呼吸しようとすれば肺が燃えてしまいそうなほどぴりぴりとした緊張感が漂っている。
     真面にぶつかり合えば、閃光に勝ち目などない。
     それが解っていてもウォルフが迂闊に飛び込んで来ないのは、追い詰められた瀕死の獣がいかな爪牙を隠し持っているか解らないからなのだろう。
     ウォルフの手は相変わらず愛刀の柄にかかったまま動かない。
    「無様、ねえ……」
     薄っすらと緩い弧を描いた口唇から、目立つ犬歯がこぼれて覗く。
    「僕は君の生き方の方が、随分と無様だと思うけどな」


    →続く