その言葉にぴくりとウォルフの肩が揺れる。
    「本当は貴方だって、解っているんでしょう……だからいつも、とどめを差さないのではないですか」
    「…………まれ、」
    「バレットは貴方にとって唯一……」
     ごしゃああ……っ!!
     不意にアレンから白い花が芽吹いたのように、勢いよく巨大な氷柱がその分厚い胸板を貫いた。ショートして派手な火花と部品を撒き散らしながら地面に転がった部下の口を塞がんと、なおも得物を振り上げるウォルフは、いつもの飄々とした作り笑いの仮面を脱ぎ捨て、剥き出しの苛立ちをそのまま無慈悲に叩きつけ吼える。
    「黙れアレン……僕に指図をするな!! 解ったような口を利くなよ」
     まるで採集された昆虫のように、アレンの壊れた身体を地面に縫い留める刃を深く深く突き立てながら、その端正な顔は赫怒に歪んでいた。
    「誰が勝手な行動を許した!? 誰がお前の意見を求めた!? 僕の命令が聞けないようなガラクタに用はない!! ここでこのまま朽ち果てろ!!」
     ちり、と力尽くで冷やされ形状を変えられる大気が悲鳴を上げる。
    「全部凍らせてミクロレベルで粉々にしてあげるよ」
     恐らく――モシャスを含めその場にいた新参者の誰もが、声を荒げるウォルフなど初めて目にしたことだろう。その優しそうな甘い顔立ちに似合わず、彼らのボスは短気で気性も荒々しい。
     些細でもその逆鱗に触れた者には容赦なく制裁の鉄槌を下す、沸点の低さを組織の誰もが身に染みて理解はしていたが、いつもウォルフは笑顔のままその暴力を振るうのが常であった。まるで幼子が気紛れに虫を潰して遊ぶのと大差ない安易さで、彼にとって他者の命などそれだけの価値しかないのだと知らしめるように。
    「『屠れ、細雪』」
    「ボス……っ!!」
     その怒りに呼応するように、氷柱はますます勢いを増して周囲へ増殖し牙を剥く。
     普通なら、すぐに核である〈魔晶石〉に刻まれたプログラムで自動修復するはずのアレンだが、ウォルフの使う〈魔術式〉の方が命令優先度が上位であるのか、一向に斬り捨てられて凍りついた断面が回復する兆しは見られなかった。
     いやそれどころか、今や天を突くほどの鋭き透明な牙は完全にアレンの〈核〉を飲み込み、跡形もなく粉砕せしめていた。
     先程閃光によって握り潰されたダメージも回復しきれてはいないところへの、完膚なき一撃。
     瞬間――
     ひゅっ、とウォルフの喉が掠れたような音を立てたと同時、その口唇からどす黒い血の塊が溢れ出た。上手く呼吸が出来ないかのようにその場に倒れ込み、激しく嘔吐いて咳込む。吐き出すまいと口許を覆った掌では間に合わず、夥しい量の血がまるで押し出されるようにこぼれ、その白い姿を汚した。
    「ボス……っ!!」
    「……僕に、触るな」
     慌てて駆け寄り、手を差し伸べようとしたモシャスを視線だけで牽制する。その手負いの獰猛な獣じみた紫暗の双眸は、真っ青な顔色に反して力を失ってはいない。
     が、一瞬怯んで息を飲んだものの、モシャスは再度手を伸ばして自力で立つこともままならないウォルフへ肩を貸し担ぎ起こした。
    「何言ってんだよ! もう制限時間はとっくに過ぎてるだろ!? どうせ向こうだって後追って来られやしねえ、離脱するなら今だ」
    「黙れ、指図するのは僕だ……放せよ、まだ闘える。ようやく……ようやく、閃光と全力で、殺し合いが出来るんじゃないか」
     しかし、その言葉は半ばで断たれた。モシャスの手刀が、躊躇なくウォルフの首に落とされたからだ。後で殺されても文句を言えないその振る舞いに、意識を失った身体を軽々と抱え上げると、モシャスはちらりとアレンの残骸を見遣った。
     さすがに、同時にあれまで担いで帰るのは不可能だ。
     いやもし持ち帰ったとしても、組織にはあれだけ完膚なきまでに壊された〈機械化歩兵〉を、修繕出来る技師はいまい。
    「悪ぃな、センパイ」
     踵を返して、誰より忠実に主人に仕えた部隊長を見棄てる。
     培養液の保護を失い、〈魔晶石〉による酸素供給が絶たれた状態では、剥き出しの脳は数分も持つまい。そして唯一の生身であるその脳がなければ、どれほど体躯が完全修復したところで〈機械化歩兵〉は起動出来ない。拾えるものとそうでないものの区別くらい、戦場を渡り歩いて来たモシャスとて間違えはしないつもりだった。
     既にロキの方も脱出したのか、閃光諸共姿はない。留まる理由は一つもなかった。
    「あばよ……あとは任せな」


    * * *


    →続く