「そりゃご苦労なこった。てっきりストーカーにでも転職したのかと思ったぜ。まあ……表立って捜査本部立てる訳にゃ行かねえ、だからって無対策のままにしてちゃ言い訳も出来ねえ、物好きなお前にゃお誂え向きだな」
「何ですって!? 誰が貴方なんか、仕事じゃなきゃ追いかけたりするもんですか!! 物好きってどう言う……」
「そんなに言うんだったら」
きっと眉を吊り上げて幾分上にある閃光の顔を睨むと、不意に右手を掴まれぐいと引き寄せられた。悲鳴を上げるよりも早く、フロアに連れ出されてしまう。は、と気づけば流れていた音楽が、いつの間にかクラシックからダンス調の軽やかなものへ変化していた。
「今、ここで。俺に手錠かけてみろよ。多分こんなに接近してやる気紛れは、今後そうそうないぜ?」
「ちょ、っ……待って、私ダンスとか出来ない!」
「適当に合わせてろ。今日は足踏んでも怒らねえよ」
閃光の相変わらず黒革の手袋に包まれた手が存外優しく腰に回され、ミツキは口から心臓が飛び出しそうな程に鼓動が跳ね上がるのを自覚した。導かれるがままに着痩せする背中へ手を回して身体を寄せる。一体どこで身につけたものか、そのリードもステップもスマートだ。
多分今顔は真っ赤になっているに違いない。痛いくらい呼吸が詰まって自然目が潤む。
――何で……
逢う度に、記憶に上塗りされて行く煙草の匂いが鼻先を掠める。
――何でこんな真似するの……
「どうした? チャンスは一曲だけだぞ」
「一体……何のつもりなの?」
揶揄する口調に挑むような眼差しを突きつけると、閃光はいつもの悪辣な笑みを浮かべてみせた。耳元に低音を寄せて、
「知ってんだろうが、ここのオーナーはチャイニーズマフィアだぜ。どんぱち始まればこの飛行船は、街中だろうが長江だろうが構わず突っ込む。そのミキサーにかけられたくなきゃさっさと逃げろっつってんだよ。任務より命の方が大事だろ?」
「だったら……」
何故彼は、その危険の渦中にわざわざ身を踊らせるような真似をするのか。心配してくれているのは面映ゆいながらも嬉しいが、ミツキは文保局員だ。中途半端な覚悟で臨んでいる訳ではないのだと、いつか閃光にも伝えねばならないと思っていた。
「貴方と香炉を確保してから逃げるわ」
「相変わらず、口上だけは立派だな」
「貴方が諦めれば平和的解決が出来るじゃない。オーナーだって私たちが捕まえる」
ぐっとお腹に力を込めてはっきりそう告げると、閃光は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべてから、ミツキから叩きつけられた挑戦状を面白がるように双眸を細めた。
「残念、時間切れだ」
いつの間にか曲が別のものに変わっている。
自然な仕草でミツキの手を放し、人混みに紛れて行くその背中は近づいて来た老齢の夫婦と遠ざかって行く。
「やあやあ、鴻(こう)君。君、ダンスも上手いじゃないか。あの女性は?」
「王大人(ワン ターレン)、これはお恥ずかしいところを……一目惚れして声をかけたんですが、趣味じゃないってフラれちゃいました」
「何だって? そりゃ彼女勿体ないことを……ところで、先日の件だが……」
会話は聞き慣れないシャンハイ語でその大半をミツキは理解出来なかったのだが、
――何か、すごく理不尽に腹立つこと言われてる気がする……
むむむとやり場のないもやもやを堪えるべく拳を握り締めると、かさりと紙の感触が返って来る。
開いてみれば、それは裏に『Good Luck』と書かれた名刺大のカード――いつも彼が予告状と共に送って来る、怪盗バレットの狼の紋章が刻まれたものだ。彼に取ってはこの程度の障害など、お遊びでしかないのだろう。
――見てなさいよ……毎回簡単にやられたりなんかしないんだから!
* * *
→続く
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