他者を受け入れ認める以前に、閃光の根底には自己肯定の基盤がまるでない。
     本来ならば幼少期に確立され、その上に自我が芽生えて行くはずなのに、ただ一人の理解者であったまほろを失ったことによって、閃光はひどく不安定な状態に陥っている。
    ーーじゃがな、閃光……お前さんの力は誰かを傷つけるだけじゃない、もっとそれ以上にたくさんのものを救える……守り、助けることが出来るんじゃよ……
     料理道具である包丁を凶器にする輩がいるように、発掘工事の道具であったダイナマイトでテロを起こす者がいるように、全ては使い手次第でどうとでも変わるのだと言うことを理解して欲しい。己が望んで手に入れた訳ではないその力を、どうか拒絶するばかりでなく、誰かのために役立てて欲しい。
     そして、本当はそれが閃光自身の望みであるのではないかと誠十郎は思うのだ。
     そんな想いが届いたのか、不意に閃光の指先が仔猫を捉えた。が、手袋に包まれたそれに、仔猫は思い切り爪を立てる。噛みつき逃れようと抗う身体を、構わず閃光は掬い上げた。
    『そっとよ』
     風に紛れて届く囁きが、緊張に強張る神経を宥めるように響く。
    『大丈夫……貴方はもう、何も知らない子供じゃないわ。怖がらないで。この仔に伝わるわ』
    ーー大丈夫……お前を、傷つけたい訳じゃない……
     優しく。
     こちらへ引き寄せる。
     瞬間、みしっと一際大きく軋んだ枝が限界を迎えた。人の体重を支えるには細すぎたのか、嫌な破砕音と共にへし折れ、仔猫諸共閃光の身体が宙空に投げ出される。
    「閃光…………っ!!」
     真っ逆さまに落下するのは、あっと言う間だ。が、その刹那で体勢を整え受け身を取ったものか、地面に転がる少年は無傷のまま起き上がった。慌てて駆け寄った誠十郎は、ホッと安堵の息をついたものの、
    「怪我はないか、閃光? どこか、痛むところは?」
     大丈夫だ、と言うように首を横に振って、閃光は庇うように抱えていた仔猫をぬっと誠十郎の鼻先につき出した。にゃあ、と無邪気に啼いてみせる茶虎も怪我をした様子はない。
     無事に助けられた、と言う事実が晴れがましいのか、初めて罠を潜り抜けて獲物を手にした時のように、久々に得意気な達成感に満ちた顔をしている閃光に、誠十郎は相好を崩して笑った。
    「ようやったの、さすが閃光じゃ」
     本当は頭を撫で回してハグしたいところであったが、そんな真似をすれば途端に少年の眉間に皺が寄ることは察せられたので、グッと堪える。
     一方で閃光の方も、己の成したことを初めて誠十郎が認めて褒めてくれたことが、くすぐったくて嬉しかった。いつだか幼い頃、一つ何かが出来るようになる度に、まほろが手放しで喜んでくれた時のような満足感が、身体中の細胞を振るわせる。
    ーーああ、そうだ……だから俺は……
     もっと姉に褒められたくて、いろんなことを覚えようとしたのだ。出来ることを増やしたいと思ったのだ。
     もし、この忌まわしいはずの力が才能が、誠十郎の役に立つのなら、
    ーー俺はまだ生きててもいいんだろうか……
     いつの間にか、仔猫は野良らしい俊敏さで礼も告げずにいなくなっていた。けれどそんなことなどどうでもいいくらい、閃光の気持ちは穏やかだった。


    * * *



    →続く