いつものように朝食を済ませた後、閃光は少し遠くまで探索に出掛けることにした。
     誠十郎の持ち物である、と言う土地は広い。
     本で見たことしかなかったが、生き物こそ飼ってはいないものの、牧場と農園をいくつか合わせたほどはあり、故に巣を構える野生の小動物や川を泳ぐ魚を見て回るのが最近は面白くてならなかった。
    ーーこれだけ余ってるなら、食い物植えて育てりゃいいのに……まあ、俺とジジイたちだけじゃ管理出来ねえか……
     定期的に手入れの手は入れているようだが、人目を忍んでいる、と言う点では誠十郎は閃光と大差ない用心深さだ。屋敷も広大なのに、クリフ一人が切り盛りしている。
    ーーそれにしても……
     誠十郎は変わっている、と閃光は思う。
     なまじっか出て行け、と言われない代わりに、対価を求めることもせず、何かやれと強制されたこともない。書斎に入り浸っても、あれこれ探っても、怒るどころかどこかしら満足そうな表情すらしている。
     一緒にご飯を食べれば美味いか? と笑顔で訊かれ、多分本当なら共に過ごしたいのだろうところは無理に距離を詰めることもせず、ろくでもない過去を抉ろうとはしない。
     ただただそこにいることを許してくれるものだから、初めて閃光に選択肢を示してくれるものだから、何をせずともここにいていいものだと勘違いをしてしまう。
     初めて家の外に出ようとした際、誠十郎は「気をつけて行っておいで」と帰ることが当たり前のように、戻って来ることを疑いもせず、そう送り出してくれた。別にそのまま出て行ったところで不自由も不都合もないはずだったが、そんな風に言われて戻らぬほど閃光は不義理な真似を出来なかった。
     自由に過ごしてよいことが、食事も寝床もきちんと用意されていることが、戸惑いからようやく自分の中に定着しつつあったが、心のどこかがそれでいいのかと常に問いかけて来るのだ。
     本来であれば、家族とはそう言うものなのだと、居場所とはそう言うものなのだと頭では理解していたが、物心ついてこの方無条件に受け入れられたことのない閃光は、他人に自分の全てを委ね預ける感覚がむず痒くて仕方がない。
     嫌ではない。
     寧ろ心地いい、と思う。
     何より誠十郎は閃光の目を見ても、不気味がることもなく怯えることもなく、態度を変えずに認めてくれた。それどころか、綺麗だとそう言ってくれた二番目の人間だった。
     閃光に取って誠十郎は、初めて殴ることもせず畏怖することもなく、当たり前のように普通に隣にいてくれる大人だったのだ。
     居心地がいいか、と訊かれると答えに窮するものの、かつてまほろと過ごした時間に似た温かさは感じている。
     もしも、まほろと共に上手く逃げおおせて身を寄せた先が誠十郎の元であったなら、閃光は迷うことなくここに落ち着いただろう。
     胡散臭い点があるとは言え、彼は信用に足る。
    ーー結局……俺は幸せになることから逃げているだけだ……
     きっとまほろは咎めなどしない。
     ようやく人並みの暮らしを送れることを、喜んですらくれるだろう。
     けれど、
    ーーそんなの、まほろも一緒じゃなきゃ……意味なんてない、はずだ……
     ヒトとして生きたいと思ったのは、この世界で生きたいと願ったのは、他でもない何より大切な彼女のためだった。
     閃光にとって、幸せとはまほろと共にあるものだ。
     それでも、
    ーーさすがに長居し過ぎた……
     身体が全快したら、すぐにでも出て行くつもりであったのだ。それが一日延び、二日伸び、気づけば三月以上が経っていた。
     けれどこのままここに根を下ろしてしまったら、いつか必ず自分は誠十郎をクリフを傷つけるだろう。それが嫌だと思うくらいには、閃光にとって二人は大切な存在になりつつあった。
     血の繋がりのない、全くの赤の他人にそんな情を寄せることが初めての少年には、嬉しさよりも戸惑いと躊躇の方が勝っていたが。
     誰かと共に生きようなど、とっくの昔に諦めたはずの夢だ。
     それを今さら欲しいだなど、どの面を下げて誰に請うと言うのだろう。最愛の人間すらその手にかけた罪人が、人並みの幸せを得ようなど烏滸がましいにも程があるではないか。
    ーー明日……明日にはここを出よう……今日はその準備をして……


    →続く