台所から失敬したいくつかの食材を手に、閃光はいつものコースを辿って余所の畑が見える辺りまで足を運んだ。人目につくのは避けたいが、先日救助した仔猫がこの辺りを縄張りにして彷徨いているのである。
     本当ならもう気に病む必要はないのかもしれなかったが、あれから親らしい猫を見るでもなく、腹を空かせて踞っている姿を何度か見かけたせいで、何となくそのままにしておけなかったのだ。
     始めの頃は、助けて貰ったことを覚えているようではあったが警戒して近づいて来なかった仔猫も、数回餌を持って行ったおかげでなついてくれており、言葉を介さずともコミュニケーションが取れる関係が心地よかったのもある。
     誠十郎の家に連れ帰っても何か言われるではないのだろうが、自分が厄介になっている身ではそれも言い出し辛く、こうして折を見ては出向いていた。
     が、今日は別のお気に入りの場所にいるのか、探しても茶色い姿は見つからない。
    ーー仕方ねえ、今日は帰るか……
     諦めて帰ろうとしたところで、
    「閃光、こんなところで何をやっとるんじゃ」
     唐突に誠十郎に声をかけられ、閃光は思わずびくりと身体を強張らせた。常に周囲の気配へ注意を向けているにもかかわらず、彼にはこうして何度も背後を取られている。幾枚も上手なのだと思い知らされるのが癪ではあったが、別に咎めるつもりがあった訳でないのは声音から察せられた。
     ばつが悪いのを隠せないまま振り向くと、誠十郎は手にしていた食材を見て、閃光がこんなところにいる理由を理解したらしい。
    「ほ、最近ちょくちょく食材がなくなるとクリフが言っておったが、お前さんか」
    「…………」
    「今日は新しい友達と会えんかったんかの」
     こくりと頷くと、誠十郎はフッフッ、と小さく笑いをこぼした。
    「まあ、そんな日もあるよ。特に猫は気紛れじゃし。また明日にしなさい。今日は新しいボードゲームも届くことじゃし……」
     促され、先立って歩く。
     腹が立った、とはやはり違うのだが、自分は誠十郎に何一つ隠し事が出来ない気がして、何だか無性に悔しくてならなかった。多分彼は、こちらの不審な行動とクリフからの報告を照らし合わせて、事実を確認しようとしていただけであろうし、恐らく踏み込むなと言えばこれ以上追及してなど来ないだろう。
    ーーでも、そうじゃなくて……そうじゃなくて!!
     憤然として地面を蹴飛ばすように歩いていた閃光は、いつもなら通らない共有道を選んでしまっていた。別にこのまま道なりに進めば、屋敷へ戻れるので問題はなかったが、なるべく人目を避けているのだ。日常的に行き交う他人は殆んどいないが、こちらの存在を知られないに越したことはない。
     それを言うならこんな境界線ぎりぎりの辺りまで足を向けるのも、閃光にしては珍しいことであった。


    →続く