幸い、誠十郎は一命を取り止めた。
     シャインストーン医師の手早く正確な処置と、まだ現場に導入されてはいない最新技術のおかげだ。本来なら設備の整った大きな病院に移送すべきだったが、彼は断固として拒否した。挙げ句のはてに自宅に戻ることを強く希望した。
     意識を取り戻しての第一声は、
    「閃光は?」
     何よりも少年を案じる言葉だった。包帯塗れで痛々しい姿ではあったが、掠れ気味の声に込められた力は強い。何よりもその青い双眸は思いやりで溢れている。
     それだけに、真実を伝えることは躊躇われた。
    「若は……」
     クリフは懐から一枚の紙を取り出すと、誠十郎に差し出した。そこにはいつもの閃光の字で『せわになつた。ありがとう。ごめん。』と書かれている。
    「この書き置きだけ残して、今所在が掴めません。シャインストーン先生が来られて、旦那様の搬送でバタバタしていた時だと……申し訳ございません。私が目を離したばっかりに……」
     もう当たり前のように自分の日常に溶け込んでしまっていたから、油断していた。距離は保ちつつも、閃光はこの場所を棲み家として揺るぎなく認識してくれたものだと思っていた。
     自分を、クリフを、家族だと思ってくれているのだとーーそう、無意識に慢心していた。
     本当はこんなにも簡単に絶ってしまえるほど、脆く儚く危うい関係でしかなかったと言うのに。本当はこんなにも、閃光が己の力で誰かを傷つけてしまうことを恐れていたと言うのに。
    ーー馬鹿じゃな……
     閃光を連れて来た時から、彼が普通のヒトではないことなど百も承知だ。今さら多少危険だからと、伸ばした手を引っ込めるつもりは毛頭ない。けれど、他人から悪意を敵意を向けられるのが常である少年にとって、無条件に差し出された善意や好意はそのまま受け取れるものではないのだ。
     信ずるに足る何かがなければ、閃光の中に巣食う他者への疑心は決して消えまい。
     それは確かに彼がこれからも生きて行くだろう世界では必要なものではあったが、そんなにも常に緊張の糸を張り巡らせていては長生き出来ないだろう。心を休めるものが場所が、人間には必要だ。
    「……スワロウテイルに連絡は?」
    「すませております」
    「ありがとう。閃光が街方面に行かないことを祈ろう。わしも出る」
    「しかし、旦那様……」
     先程まで死線をさまよい、まだ動き回れるほど回復していないだろうに身体を起こす誠十郎を、クリフは慌てて支える。窘める色の濃い片腕に、しかし主人は茶目っ気たっぷりのウィンクを投げて寄越した。
    「何、家出した馬鹿息子を連れ戻すのは、親の仕事じゃろう」


    * * *


    →続く