せめて世話になった分の礼代わりに、余計な露払いくらいはして行くべきだろう。誠十郎があれだけの技量を持ちながらも、こんなド田舎で陰遁しているのは、恐らく争いを避けるためだ。その手を煩わせることを極力控えるためだ。何らかの理由で戦うことをやめたからだ。
     クリフの腕前は定かでないが、彼の心配を煽るのも閃光の本意ではない。
    ーーここでは何も起きてねえ……
     影も見せることなく、二度と近づく気が起きないように追い払うのだ。力を使わなければ、危ないことなど何もない。
     息を殺し、気配を消して人だかりとの距離を縮めて行く。人数は四、五人と言ったところか、夜目が利くおかげでかなり深くまで潜り込んだ。
     どうやら一人を取り囲む形を取っているらしかったが、うずくまる影はと言えば、もう動く様子がない。微かに硝煙と血の匂い。よくない場面だ。恐らく足元に転がる一人は死んでいる。
    ーー見せしめ、仲間割れ、私刑……どの道こいつら、このまま死体を埋めるだろう……
     証拠がなければ犯罪は立証されない。人が一人消えたところで、死体がなければ殺人事件にはならないのだ。だからわざわざ、こんな人気のない場所を選んで訪れたのだろう。
     閃光でなければ気づかなかった。
     そのまままんまと隠蔽されて、明るみに出ることは望み薄だっただろう。
     いや、閃光とてここが誠十郎の領域でなければ、恐らく知らぬふりをしたのに違いない。
    ーーお前ら運がないぜ……
     彼らは誰一人こちらに気づいてはいない。ぺろり、と舌舐めずりをして、身を隠していた木陰から滑り出る。
     瞬間ーー
     バチィッ、と何かが爆ぜるような音と共に、未知の衝撃が閃光を貫いた。咄嗟に振り向いて反撃しようにも、痺れて感覚の失せた身体はまるで自分のものではないかのように言うことを聞かない。
     糸の切れた人形のように、膝から地面に倒れ込む。
    ーーしまった、油断した……っ! 
     やはり誠十郎の一件で、精神的負荷が多大にかかっていたのだろう。集中しているようで、回りに対する注意は散漫だ。普段なら、こんな輩に背後を取られたりなどしないのに。
     「ぅ、ぐ…………っ」
     敵だ。
     ここで意識を手放したら、死ぬ。
     本能的にそう理解して、必死にもがいて立ち上がろうとする閃光に、聞き覚えのある声が投げられた。
    「うっひょ、さすが化物。このスタンガン、通常の三倍威力あるんだぜ? まだ意識あるとかマジかよ」
    「動けはしねえだろうけどな。っつーか、それフツーに使ったら死ぬだろ」
    「別にいいだろ、一人も二人も変わりゃしねえよ。大体、お前だって猫じゃ物足りねえって……」
    ーーこいつら……っ、この前の!
     忘れるものか。
     敵対勢力を潰すために閃光の能力を利用しようとし、何としてでも従わせようとした新興組織『獄門会』ーー撃たれた傷は跡形も残らず治ったはずなのに、その痛みを恨みを奴らに倍返ししろ、とでも言うようにずきりと脇腹が痛む。
    ーーお前らがあいつを……
     不意にわやわやとこちらを取り囲んでいた人垣が割れる。目の前にぬっと現れたのは、きれいに磨かれたブランドものの靴だ。見覚えがあった。指揮を執っていた年嵩の男ーー金城のものだ。
    「よお、クソガキ。やっぱり生きてやがったな……邪魔者始末しに来たこんなところで、またお目にかかれるなんざ思ってもみなかった。おじさんは嬉しいぜ」
     にやにやと厭らしい笑みを浮かべて自分を見下ろす男に、閃光はぎりと奥歯で苦虫を噛み潰す。
     彼らの拠点はもっと西側であったはずだ。よもやこんな遠く離れた場所で見つかってしまうとは、運が悪すぎる。
    ーーいや、自業自得か……
     無関係の誠十郎を傷つけた報いだ。やはり自分は誰かの庇護を受ける資格などありはしなかった。独りで誰にも頼らず、心を寄せることもなく、潜んで忍んで生きねばならなかったのだ。
     一体どんな攻撃を喰らったものか、激しい電流のような衝撃が身体を貫いてから、意識は辛うじて保っているものの、肉体は麻痺して指一本動かせない。
    ーーどうする……どうする!?
     彼らとて愚かではない。二度と同じ轍は踏まないだろう。隙をついて逃げ出す余裕を果たして晒すものか。
     どうにか起き上がろうとする閃光へ、男は容赦なく蹴りを叩き込んだ。
     的確に急所を狙った角度と言い、力加減と速度、体重の乗せ方、全て計算と言うよりは慣れ切った、暴力を振るうことが日常動作である者の一撃をまともに喰らって、成長途中のまだ頼りない身体はもろに吹っ飛んだ。
     肺の中の酸素を強制的に吐き出させられ、息が詰まる。薄汚れた路面の上を、受け身も取れずごろごろと転がった。内臓を引っくり返されたようなダメージにえずく間も与えられず、続く蹴りが降り注ぐ。
    「この前はよくも俺を踏み台にしてくれたな。おかげで鼻の骨イッて大変だったんだぜ?」
    「ぐ……っ、ごほ……」
    ーー結局……俺が取れる道は最初から決まってる……
     朦朧とする意識がぐったりと力を失った身体が、抵抗しようとする想いを粉々に踏みにじる。ぴくりとも動かなくなった閃光の前髪を引っ掴んで、無理矢理顔を上げさせると、金城は嗜虐的な笑みを浮かべた。
    「その礼をたっぷりしないとな……後はまあ、せいぜい役に立って貰うとするさ。道具(バケモノ)は道具らしく、な」


    * * *


    →続く