「もうその辺にしとけよ。いくらやってもどうせ気なんか晴れやしねえんだ」
     閃光を事務所に連れ戻してから数日。
     地下の防音設備のある部屋では、数人がかりで寄ってたかって殴る蹴るの暴行が続いていた。手錠で手足の自由を奪った挙げ句のサンドバッグ状態では飽き足らず、バケツを持ち出して水を張り頭を突っ込む責めまで始めたものだから、さすがにこの辺りが止め時だ。
     予め釘を指していなければ、少年は既に指か歯か片目くらいは欠損するはめになっていただろう容赦のなさである。
    「けど、金城サン……」
    「お前らの気持ちは解らんでもない。でも、あのガキが暴力に屈しないタマなのは、前回で承知の上だろう?」
     じろりと睨みやれば案の定、まだ意識を保っているのが不思議なほど痛めつけられていながら、閃光の双眸は力を失ってはいなかった。普通どんなに強情な男でも、これだけ際限なくやられれば少しくらいは表情に翳りを見せるものなのだが、この可愛いげのない少年は、今しも牙を剥こうとする本能を押さえつけているだけでしかない。
    ーーどんな育ち方すりゃあ、その歳でそんなに殴られ慣れるんだか……
     しかし、それも無理はない。
     噂に聞いた〈黒き獣〉の話がーー眉唾もののオカルトじみたネタが本当なのだとしたら、今までこの少年はどこにも誰にも受け入れられずに、追い立てられて生きて来たのだろう。
     そしてきっとこれからも、彼に安息の地など絶対手には入らない。
    「なあ、クソガキ」
     押さえ込まれているくせに、なおもこちらを睨み返す閃光の傍らにしゃがみ込む。
    「いい加減、諦めて認めて受け入れろよ。テメーはこの先一生、どんなに足掻いたってまともな生き方なんか出来やしねえ。殺して壊して奪って踏みにじる術しか持ってねえだろう? だが少なくともここにいるなら、テメーのそれは頼もしい力だ」
     が、せめてもの同情と憐れみを込めた優しい誘いの言葉は最後まで紡がれることはなかった。閃光が金城の顔面に唾を吐き捨てたからだ。
    「…………」
    「テメーに尻尾振るくれえなら、蠅とチークダンスした方がマシだぜ」
    「初めて口利いたかと思ったら…………おい、あれ持って来い」
     痺れを切らしたように舌打ちをこぼして、金城は背後の部下に顎をしゃくった。このガキ、と罵声を浴びせようとした若手がゾッとしたような表情でその言葉を飲み込むほどには、頬を拭う双眸は冷酷だった。
    「で、でもいいんですかぃ? あいつら混ぜ物してるかもしれねえから、やべえって言ってたでしょう?」
    「だから、だろう」
     煙草をくわえて火をつける。
    「ばらまいた後に、客がすぐイカれちまったら商売にならん。だが、このガキなら壊れて死んでも誰も困らねえ」
    「……解りやした」
     この目をした金城には何を言っても無駄だと言うことを、部下は経験上よく知っていた。
     奥に設置された扉を開けてアタッシュケースを取り出すと、それをそのまま彼に手渡す。金城は慣れた手つきでケースを開けると、中から透明の液体が入った小さな薬瓶と、銀色のケースを取り出した。
    「俺はな……自分を穏便な男だと思っている。行き場を失くした奴らも安心して生きて行けるように、その力を借りる代わりに、居場所を提供するーーそう言うWINーWINの関係を、お前とも築けると思ったんだがな」
    「…………何するつもりだ」
    「嫌でもお前の力を使わせてもらうのさ。理性なんかブッ飛ぶくらい気持ちよくしてやるよ」


    →続く