微かに空気が斬り裂かれる音を鼓膜が捉える。
本当に迅い弾丸と言うものは、実際に凶器が目標物を撃ち抜いてから銃声が届くのだと言うことを、閃光は初めて知った。砕け散った注射器の破片とアンプルが視界を舞い、続けざまに金城が血飛沫を上げながら床に倒れ込む。そして、つられたように他の男たちも。
全て針の穴を通すような、一撃必中のワンショット。
致命傷にはならないダメージで、確実に相手の動きを止めに来ている。その神業のような射撃を繰り出せる人物は、閃光の知る限りただの一人しかいない。
「やれやれ……タイムラグが0.8秒とは、歳は取りたくないもんじゃな。随分と鈍った……毎日鍛錬は欠かしておらんのじゃがのう」
硝煙の向こうから届いた声は、想像通りのーーけれど、ここで聞くはずのない誠十郎のものだった。その手にはあの日見た古びたスナイパーライフルが握られている。
そして、その銃口は男たちを全て制圧した今、躊躇なく閃光に向けられていた。
それはそうだ、例え誠十郎が自分を助けに来てくれたのだとしても、閃光は今暴走しかけた半分獣の状態でいる。もし面影を感じ取ってくれたとしても、再び暴れられる前に始末した方がよいと判断されたのだろう。それは『ヒト』として、限りなく正しい選択だ。
ーーどうせあんたも……俺を化物と罵り蔑むんだろう?
どこかで勝手に裏切られたような気分になりながら、
ーーああ、それでも……あんたに撃ち殺されるなら、そんなに悪くない気がする……
ちきり、と弾が装填される音。どうせもう動けやしないのだ。誠十郎なら痛みを感じる間もなく、仕留めてくれるはずだ。それでも次いで飛んで来るであろう衝撃に、思わず身体を強張らせる。
が、響いた銃声が撃ち抜いたのは、閃光の頭でも身体でもなく、その腕の自由を奪う手錠の鎖だった。弾け飛んだ破片が浅く頬を切り裂いて血を滲ませたものの、そんな些細などどうでもいいくらい、閃光は誠十郎の行動を理解出来ずにいた。
「ジジ、イ……何で、」
思わず呟いてから、はっと我に返る。安堵している場合ではない。
「閃光……遅くなって、すまんかったな」
が、誠十郎はずかずかと歩み寄ると、にっかりといつもの笑みを浮かべて、躊躇なく包帯まみれの手を差し出す。
「こりゃまた手酷くやられたもんじゃの。イケメンが台無しじゃないか」
本当なら喜んでいいはずなのに、もう大丈夫だと気を抜いてもいいはずなのに、閃光の口をついて出たのは罵倒の言葉だった。
「た……助けに来てくれなんて頼んでねえ!! 放っときゃいいだろ!? 勝手に出てった馬鹿な餓鬼のことなんて!! ましてや俺はあんたを……」
何をそんなに怒っているのだか、苛立って仕方がないのか、自分でも最早よく解らない。感情を押し殺すのは、表情を読まれないようにするのは、自分をコントロールするのは、慣れているはずだった。それなのに何故だろう、誠十郎といると上手く行かない。
決してその空気が嫌な訳ではないのに。
けれど、
「…………帰るぞ」
「え」
くしゃり、と大きな掌が乱暴に頭を撫でる。そんな風に他人から触れられることを、よしとはしなかった。覚えている限り、閃光の頭を撫でたことがあるのは亡き姉だけだ。ましてや今、閃光の頭頂部には人外の三角耳が生えていると言うのに。ヒト、とは呼べない姿をしているはずなのに。
だから心底驚いた。
そんな無防備な人間がいることにも、
触るなと、振り払わなかった自分にも。
「無事で何よりじゃ」
「…………」
不覚にも、心臓がぎゅっと掴まれたようで、双眸の奥が熱くじわりと疼いて、閃光はぐっと奥歯を噛み締めて込み上げる感情を留めた。
ーー安堵なんか、するな……
他人の温もりに慣れては行けない。
心を許して預けてしまってはならない。
そうずっと自分に言い聞かせ続けて来た鋼の掟が、脆く崩れてしまいそうになる。
彼といると、甘えて我が儘に頼ってしまいそうになる。自分が無力で非力な子供なのだと、理解しそうになる。弱くなった。たった数カ月、隠れ蓑のつもりで身を寄せただけなのに。
「帰ろう、閃光。わしらの家に」
促され、差し伸べられた誠十郎の手を、しばし躊躇したものの掴んで立ち上がる。それは頑なに他人を拒絶し続けた閃光が、彼を受け入れた瞬間だった。
* * *
→続く
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