「俺も…………」
     ぼそり、と一人言のように懺悔が閃光の口をついて出る。
    「大事な人を……この手で殺した。誰より……何より……大好きな人を」
    「…………そうか」
     一度だけ、見たことがある。
     最初に保護した時から、閃光が肌身離さずつけている、ロケットの古い写真。随分とまあ似合わないものを持っているものだ、と興味深く思って開いた中には、少女の写真が入っていた。
     一体誰なのかは訊けなかった。
     他人を遠ざけ近づけまいとするこの少年が、どんな想いでこれを持っているのか、大切にしているのか、それは言葉で表せるほど単純なものではないことは、すぐに察せられたからだ。
     けれどその告白でようやく、誠十郎の決意は固まったと言ってもいいだろう。
    「前に」
     立ち上がり、誠十郎は机の引き出しを開けた。どうやら二重底になっていたらしいその場所は、どのような手順で開けるのかは見せて貰えなかったものの、取り出したものははっきりと閃光の眼前に掲げられる。
    「銃(こいつ)の撃ち方を教えてくれ、と言ったことがあったな、閃光」
    「……ああ」
     誠十郎の手に握られていたのは、銀色の銃身をぎらりと剣呑に光らせる回転式拳銃(リボルバー)だった。閃光が発掘したマグナムとも、彼が扱う得物のどれとも雰囲気が異なる。趣味ではないな、と感じるほどには、おおよそ似合わない代物だった。
     が、それでも普段から手入れだけは欠かさずにいたのだろう。今まで見たことのあるどれよりも大きく厳ついフォルムは、錆びついたりなどしておらず、そのままの機能美を誇示しているように見えた。
    「あの時わしは、『こんなものが上手くなっても、人の殺し方が上手くなるだけじゃ』と言うたの?」
    「ついでに『オンナにモテる訳でもないからつまらん』とも言ってたな」
    「そうじゃ。だがお前さんは……人を殺さないがために、こいつを使えるようになるべきかもしれんの」
    「殺さないがために……?」
    「どんなに訓練して無意識で早撃ち出来るようになったとしても、銃は撃鉄を起こし、照準を合わせ、引き金を引く、と言う手間がある。自分が何発撃ったか、も数えにゃならんしの」
     からからと回して調子を確認したらしいシリンダーを収め、他にも不具合がないかどうか矯めつ眇め つしながら、誠十郎は言う。
    「コンマを争うスピード勝負が呼吸と同等に出来ても、ガンマンはその無意識の中で相手の動き、狙う位置、風や遮蔽物の影響を計算する。今まで闇雲でも拳を振るい、蹴りを繰り出すだけで人を殺せたお前さんが、その刹那待たされる。タイムラグが出来る」
    「そのズレの中で手加減しろって?」
    「少なくとも、攻撃範囲が十だったところ六くらいにはなるじゃろう? 距離を取れ、閃光。殺されないためにではなく、殺さないために。お前さんの爪牙の鋭さは変わらん」
     差し出されたそれに触れようと手を伸ばしたものの、寸手のところで閃光はぴくりと押し留まった。まるで握った途端に火傷でも負わされるのではないか、と疑うように視線が跳ね上がる。
    「ジジイ……テメー、これ本当に『普通の』銃か?」
    「ほ……解るもんかの。さすがじゃな。その通り、こいつはさっき話した倭から託された〈魔女〉の〈遺産〉ーー〈魔晶石〉と言う特殊なもので出来ておる。銘は『FENRIR(フェンリル) F08』。本来なら、お前さんの家に代々伝わっていたはずのものじゃよ」
    「…………何でそんなものを渡す? 俺ぁ銃を撃てるようになりゃ、それでいいんだ。他にも何かあるだろ? そっちがいい」
    「馬鹿言うでないよ。全部わし用にカスタムチューンアップしとる。お前さんにゃ合わんし、コレクションを渡す気もまだない」
     本当はいくつか狙いをつけていた閃光は、小さく舌打ちをこぼした。
     が、それを見越したように笑った誠十郎は、まだその手には余るだろう銃把に刻まれた制作者の印に双眸を細める。
    「〈魔晶石〉として使わなきゃならん決まりなどないさ。こいつはお前さんの『銃』だ。いつか、きっとその〈力〉が必要になる時が来る。生死を共にする得物ってのは、そう言うもんだ。理屈じゃない……こいつは確かに、お前さんを待っていたんじゃろう」
     まだ完全に納得した顔をしてはいなかったものの、閃光はそれ以上言葉を重ねることはせず、銀色の銃を受け取った。引き金に指をかけ、ゆっくりと感触を確かめるように、何度か位置や握り具合を変えている。やがてしっくり来る持ち方が決まり馴染んだものか、閃光はやにわにその先をこちらへ向けて来た。
     無論、弾丸など入っていない。
     いかに少年自身が〈魔法術〉を使えるとは言え、込められた式を即座に扱える訳でもない。
     けれど確かに誠十郎は見たのだ。〈魔法術〉発動時と同じようにマナがざわめき歓喜するように震えて、蒼いパルスが迸る様を。
     果たしてそれを閃光自身も感じたものか、慌てたように銃口を逸らした。
     使い手を自ら選ぶ武器、と言うものは確かに存在する。そして、たった今僅か十三、四の少年は認められ、選ばれた。常人では使いこなせない、と言われ、彼の大叔父であった倭ですら、うんともすんとも言わせることが出来なかった代物を。
    「な……んっ、」
    「ほれ、言うた通りじゃろう? まるでお前さんのために誂えたような〈遺産〉じゃないか」
     この銃はきっと、末長く閃光を助け導き守り救う相棒となるだろう。
     けれど、それは同時に途轍もない波乱に満ちた運命を、引き連れて来るかも知れない。遅かれ早かれ、自分が足掻いたところで怒濤の流れを変えることは出来やしない、と理解はしていても、閃光の背中を押して渦中に放り込むような真似をしてしまったことが、果たして正しかったのかどうか。
     ちくりと、誠十郎の胸を罪悪感の棘が刺す。


    * * *


    →続く